研究構想の構造的整理

作成日: 2026-05-11

位置づけ: 現時点の研究の方向性を、論文・研究計画書に近い文章として構造的に整理したメモ。背景と問題意識を分けすぎず、研究の上位軸である「変化の速い AI を研究としてどう扱うか」を中心に据えて書き直した。まだ確定していない方法・対象・成果については、断定せず、現時点の方針や未確定点として記述する。


1. 背景

生成 AI や AI エージェントは、短期間のうちに機能、性能、UI、利用形態を変化させながら、さまざまな実践の中に入り込みつつある。対話型 AI は調査、要約、文章作成、企画、相談の場面で用いられ、スライド生成やドキュメント生成を支援するサービスも増えている。UI やデザインの領域では、自然言語から画面案やプロトタイプを生成するツールが現れ、開発の領域では、コードベースの文脈を踏まえて実装や修正を支援する AI ツールが使われ始めている。

この状況を研究として扱う際に難しいのは、AI そのものの変化が非常に速いことである。ある時点のモデル性能、特定ツールの機能、ある UI 上の操作、あるプロンプト技法を中心に研究を組み立てると、その対象は短期間で更新される可能性がある。今日うまくいかなかったことが数か月後にはモデル性能によって解消されるかもしれず、現在特徴的に見える UI やワークフローも、次のツール更新によって別の形になるかもしれない。

したがって、本研究の出発点は、AI の最新機能や特定ツールの使い方を追うことではない。むしろ、変化の速い AI を研究として扱うためには、AI そのものではなく、AI が入り込んだ実践の中で繰り返し現れる要素や関係に注目する必要があるのではないか、という問題意識にある。

ここでいう実践とは、文章整理、資料・スライド作成、UI・デザイン生成、コード実装支援など、AI が何らかの生成や実行を担い、その結果を人間が確認・評価・修正・採用判断するような活動を指す。ただし、これらの実践を扱う理由は、「AI が人間に代わって実行すること」そのものを研究の大きな軸にするためではない。AI が生成や実行を担う場面は、変化の速い AI を観察可能にするための具体的な入口である。そこでは、目的、制約、評価基準、暗黙知、人間の介入点、媒介物、修復の手がかりといった要素が表に出やすい。

たとえば、AI にスライドを作らせる場面では、単に内容を渡せばよいわけではなく、どの論理構成を重視するのか、どの程度の抽象度にするのか、どの表現を避けるのかが問題になる。UI・デザイン生成では、見た目の整いだけでなく、情報の優先順位、コンポーネントの使い方、ブランドらしさ、ユーザーにとっての分かりやすさが評価の対象になる。コード実装支援では、動作することだけでなく、既存の設計方針、保守性、テスト方針、プロジェクト固有の規約が問題になる。

これらの問題は、特定の AI ツールだけに固有のものではない可能性がある。もちろん、それぞれの現れ方はツールや時期によって変わる。しかし、AI に何らかの生成や実行を担わせる限り、人間や組織が何を目的として持ち、どの制約を守り、何をよい結果とみなし、どこで確認・修正・採用判断を行うのかは、形を変えながら繰り返し問われる可能性がある。

このとき、人間や組織が持っていた判断基準や暗黙知は、プロンプト、README、skill、デザインシステム、サンプル、チェックリスト、レビューコメントなどの媒介物として外部化されることがある。逆に、これらが十分に外部化されていない場合、AI の出力に違和感が生じたり、修正の方向が定まらなかったり、何を評価すべきかが曖昧になったりする。

ここで重要なのは、これらを単なる「AI の失敗」や「プロンプトの書き方の問題」として捉えないことである。むしろ、AI が入り込んだ実践の中で、人間の判断、評価、暗黙知、媒介物、ワークフローがどのように表に出て、どのように再配置されるのかを見ることが、変化の速い AI 介在型実践を研究対象として扱うための手がかりになるのではないかと考えている。

そのため、本研究では、AI が人間の代わりに実行するという変化を背景の一部として捉えつつも、それを研究の本質的な軸には置かない。研究の中心にあるのは、変化の速い AI を研究として扱うために、AI が入り込んだ実践のどの要素を見ればよいのか、どのような出来事を記録すればよいのか、どのような観察軸が有効なのかを探ることである。


2. 研究の目的

本研究の目的は、生成 AI や AI エージェントの急速な変化を背景に、AI が入り込んだ制作・開発・研究・設計の実践を観察対象とし、そこで目的、制約、評価基準、暗黙知、人間の介入点、媒介物、修復の手がかりがどのように表に出るのかを整理することで、変化の速い AI 介在型実践を研究として扱うための観察枠組みを探ることである。

この研究は、特定の AI ツールの性能比較や、汎用的なプロンプト技法の提案を主目的とするものではない。また、AI 以前の実践と AI 利用後の実践を対称的に比較し、変化量を測定することを主軸に置くものでもない。むしろ、AI を使う実践の中で繰り返し現れる判断・評価・修復・外部化の出来事を記録し、そこから、特定ツールの短期的な変化を超えて参照しうる観察軸を仮説的に整理することを目指す。

ただし、ここで整理される観察軸は、未来の AI 実践にもそのまま適用できる完成された枠組みとして提示するものではない。現時点では、現在の AI 介在実践を通じて見えている要素を手がかりに、変化の速い対象を研究可能な形で捉えるための暫定的な足場をつくることを目指している。


3. 研究対象と範囲

現時点では、研究対象を AI 全般やデザイン実践全般に広げるのではなく、AI が生成や実行の一部を担い、その結果を人間が評価・修正・採用判断する必要がある実践に絞る方針である。具体的な題材としては、文章・研究整理、資料・スライド生成、UI・デザイン生成、コード・実装支援などが候補となっている。

題材は、ChatGPT、Claude、Cursor、Figma Make などの個別サービス名を軸に選ぶのではなく、どのような目的の実践で AI が用いられているかという実践タイプを軸に扱う方針である。これは、特定ツールの仕様が変わったとしても、AI が入り込んだ実践の中で繰り返し現れる要素を観察しやすくするためである。

対象者については、「AI に生成や実行を任せ、その出力を評価・修正・採用判断する必要がある実践者」として捉える方針である。ただし、現時点では職能差そのものを主題にする予定ではない。実践者の立場、専門性、対象タスクとの関係、評価基準の有無、AI 利用経験、組織的文脈は、各インシデントの解釈条件として記録する必要があると考えている。

AI を使わない実践については、主たる比較群として設計するよりも、AI 介在実践で表に出た判断や暗黙知が、以前はどこに埋め込まれていたのかを理解するための補助的な参照点として扱う方が妥当ではないかと考えている。この点は、今後の調査設計の中でどの程度扱うかを検討する必要がある。


4. 中心概念

本研究で現在重要になっている概念は、媒介物、ワークフロー、外部化、判断・評価、修復、クリティカル・インシデントである。

媒介物とは、AI に目的や制約、判断基準、参照すべき知識を渡すために用いられるものを指す。プロンプト、UI 上の入力欄や選択肢、README、skill、デザインシステム、サンプル、チェックリスト、レビューコメントなどがこれに含まれる。媒介物は、単なる補助資料ではなく、人間や組織の暗黙知や判断基準が AI に扱える形へ外部化される場所として位置づけられる可能性がある。

ワークフローとは、AI に依頼する、出力を受け取る、確認する、評価する、修正する、再生成する、採用または不採用を判断する、媒介物を更新する、といった一連の流れを指す。ワークフローを見ることで、人間の判断がどの段階で現れ、AI にどの範囲が委ねられ、どこで修復が必要になるのかを記述しやすくなる。

外部化とは、これまで人間の頭の中、経験、組織内の慣習、レビュー過程に埋め込まれていた目的、制約、評価基準、暗黙知が、AI に渡せる形で表に出されることを指す。ただし、外部化はプロンプトに文章を書くことだけを意味しない。UI の選択肢、テンプレート、ルールファイル、デザインシステム、例示、チェックリスト、承認 UI なども、広い意味で外部化の媒体になりうる。

判断・評価とは、AI の出力に対して、人間が何を良いとみなし、何を違和感として捉え、どの案を採用し、どの部分を修正するかを決める過程である。本研究では、「人間の判断」を抽象的に語るのではなく、具体的な出来事の中で、どのような判断や評価基準が表に出たのかを見る。

修復とは、AI の出力や進行が期待とずれたときに、人間が追加情報、制約、例、ルール、媒介物を与え直したり、作業の方向を変えたりする過程である。修復の場面には、何が不足していたのか、どの基準が暗黙だったのか、どの媒介物を更新する必要があったのかが現れやすい。

これらの概念は、現時点での観察を進めるための感度概念として扱う。将来的に AI のあり方が大きく変われば、これらの概念自体が見直される可能性はある。ただし、現段階では研究の足場として、これらの要素が AI 介在実践の中でどのように現れるのかを記録することから始める。


5. 方法上の方針

本研究では、クリティカル・インシデント法を応用する方向で考えている。クリティカル・インシデント法は、特定の行動や出来事が結果に影響した場面を記録し、その文脈や行動を分析する質的研究手法である。本研究では、これを厳密なインタビュー法としてそのまま用いるというより、AI 介在型実践の中で判断・評価・違和感・修復が露出した出来事を収集・分析するための焦点化手段として位置づける。

AI を使った実践全体を均等に記録すると、観察範囲が広がりすぎる可能性がある。そこで、AI に何を任せるかを決めた場面、目的や制約を渡した場面、出力に違和感を持った場面、採用・修正・不採用を判断した場面、追加でプロンプトや資料やルールを渡した場面、媒介物を更新した場面などを、インシデントとして記録する方針である。

記録したインシデントについては、ワークフロー上の位置、使用された媒介物、外部化された目的・制約・評価基準・暗黙知、人間の介入点、実践者の文脈条件を分析することを想定している。これにより、単に「AI がうまくいった/失敗した」と評価するのではなく、その出来事の中で何が表に出てきたのか、何が不足していたのか、どの媒介物が機能したのかを整理できる可能性がある。

現時点では、最初から大規模な比較や一般化を目指すのではなく、少数の濃いインシデントを収集し、記録フォーマットと分析軸を検証する方針が現実的だと考えている。具体的な件数や対象者の範囲は未確定であるが、文章整理、スライド生成、UI・デザイン生成、コード支援など、複数の実践タイプから少数ずつ収集し、見えてきた観察軸に応じて追加していく探索的な進め方が候補になっている。


6. 期待される分析の方向

分析では、まず個別インシデントの前後関係を丁寧に記述する必要がある。AI に何を任せようとしたのか、どの情報を渡していたのか、どのような出力が返ってきたのか、それに対して人間が何を判断したのか、どのような修復を行ったのかを追うことで、出来事の構造を明らかにする。

そのうえで、複数のインシデントを比較し、繰り返し現れる観察軸を整理する。現時点で候補となっている軸は、目的の外部化、制約の外部化、評価基準の外部化、媒介物の役割、人間の介入点、修復の手がかり、文脈条件としての実践者属性などである。

また、分析時には、ツール、媒介物、実践、認知・判断、組織といった層を補助的に見分ける視点も有効かもしれない。ただし、これは研究の中心軸ではなく、インシデントを解釈するための補助線として扱う。研究の主軸は、あくまで AI 介在実践の中で判断・評価・修復・外部化がどのように現れるかを記録し、観察軸を整理することにある。


7. 研究の意義

本研究の意義は、AI ツールの使い方や特定のプロンプト技法を提示することではなく、変化の速い AI 介在型実践を、どのような観点から観察し、研究対象として扱えるのかを整理する点にある。

生成 AI や AI エージェントは、今後もモデル性能、UI、アプリ形態、利用場面が変化していくと考えられる。そのため、ある時点のツール仕様や失敗事例を記述するだけでは、研究としての射程が短くなる可能性がある。本研究では、現在の AI 利用の中で露出している判断・評価・修復・外部化の出来事を手がかりに、特定ツールよりも深い層にある実践構造を仮説的に整理することを目指す。

この整理は、AI 介在型の制作・開発・研究・設計を、単なる効率化や自動化としてではなく、人間の判断、組織的知識、媒介物、ワークフローの再配置として捉えるための概念的な足場になりうる。ただし、現時点ではそれを完成された理論や設計原則として提示する段階ではない。まずは、実践の記録を通じて、どのような観察軸が有効で、どのような限界があるのかを確認する段階にある。


8. 現時点で未確定な点

第一に、研究対象とする実践タイプの範囲はまだ確定していない。文章整理、スライド生成、UI・デザイン生成、コード支援などの複数タイプを扱う方針が候補になっているが、修士研究としてどこまで広げるべきか、あるいは途中で絞るべきかは検討が必要である。

第二に、対象者の範囲も未確定である。現時点では、自分自身の AI 利用から試験的にインシデントを記録し、その後、必要に応じて近い実践者に協力してもらう可能性がある。ただし、どの程度まで他者への聞き取りを行うか、職能や文脈をどのように管理するかは、今後の設計課題である。

第三に、クリティカル・インシデント法をどの程度厳密に用いるかも検討が必要である。現時点では応用的な方法として用いる方針であるが、原典にどこまで寄せるべきか、インタビュー手法として設計するのか、実践ログや生成物の差分を組み合わせるのかは、今後整理する必要がある。

第四に、最終的な成果物の形もまだ確定していない。観察枠組み、インシデント分類、概念図、研究・実務で使える問いのリストなどが候補になりうるが、どの形が修士研究として妥当かは、実際にインシデントを記録しながら検討する必要がある。

第五に、既存研究との接続はこれからさらに整理する必要がある。ノーマンの7段階モデル、実行のガルフ/評価のガルフ、メンタルモデル、Human-AI Interaction、生成 AI UX、デザインシステム、Human-AI co-creation などが関係しうるが、どの概念を中心的に参照するかは未確定である。


9. 現時点での研究説明

現時点では、本研究は次のように説明できる。

本研究は、生成 AI や AI エージェントの急速な変化を背景に、AI そのものや特定ツールの機能ではなく、AI が入り込んだ実践を観察対象とする。文章整理、スライド生成、UI・デザイン生成、コード実装支援などの場面を題材に、AI を使う中で繰り返し現れる判断・評価・修復・外部化の出来事を記録し、そこで目的、制約、評価基準、暗黙知、人間の介入点、媒介物がどのように表に出るのかを分析する。

方法としては、AI 利用の全体を均等に記録するのではなく、判断・評価・違和感・修復が露出した出来事をクリティカル・インシデントとして記録する。その出来事を、ワークフロー上の位置、媒介物、外部化された目的・制約・評価基準・暗黙知、人間の介入点、実践者の文脈条件から分析することで、変化の速い AI 介在型実践を研究として扱うための観察軸を探る。

この研究は、AI が人間に代わって実行すること自体を主題化するものではない。また、現在の AI ツールの問題や使い方をそのまま保存するものでもない。現時点では、現在の AI 利用の中で繰り返し露出している実践構造を手がかりに、変化の速い AI を研究可能な形で捉えるための暫定的な枠組みを構築しようとしている。

研究構想の構造的整理

作成日: 2026-05-11

位置づけ: 現時点の研究の方向性を、論文・研究計画書に近い文章として構造的に整理したメモ。まだ確定していない方法・対象・成果については、断定せず、現時点の方針や未確定点として記述する。


1. 研究の背景

近年、生成 AI や AI エージェントは、単に情報を返す道具にとどまらず、文章の整理、スライドの作成、UI・デザイン案の生成、コードの実装支援など、制作・開発・研究・設計に関わる実践の一部を担うようになっている。これにより、人間がすべての操作や制作過程を直接担うのではなく、目的や条件を AI に渡し、その出力を確認・評価・修正するような実践が広がりつつある。

一方で、AI をめぐる技術・UI・ツール・アプリケーション形態は変化が速い。ある時点のモデル性能、特定ツールの機能、あるいは具体的な UI 操作だけを研究対象にすると、研究の前提が短期間で古くなる可能性がある。そのため、本研究では AI の最新機能や特定ツールの使い方そのものを追うのではなく、AI が入り込んだ実践の中で、繰り返し現れる構造や観察軸を探ることに関心を置く。

ここでいう「構造」は、永続的に変わらない普遍法則を意味するものではない。むしろ、特定のツールや UI の変化よりも深い層にあり、AI が生成や実行を担う場面で繰り返し問題化する可能性のある、目的、制約、評価基準、暗黙知、人間の介入、修復、媒介物といった要素の関係を指す。これらの要素がどのように表に出され、どこに配置され、どのように見直されるのかを観察することが、変化の速い AI 介在型実践を研究として扱うための足場になるのではないかと考えている。


2. 問題意識

AI が制作や開発の一部を担うようになると、人間の負担が単純に減るわけではない可能性がある。作業の実行そのものは AI に委ねられる一方で、人間や組織は、何を AI に任せるのか、どの制約を守るべきか、何を良い出力とみなすのか、どこで人間が確認・修正・採用判断を行うのかを、これまで以上に明示する必要に直面することがある。

たとえば、AI にスライドを作らせる場合、単に内容を渡すだけではなく、どの論理構成を重視するのか、どの程度の抽象度にするのか、どの表現は避けるべきかを伝える必要が生じる。UI やデザイン生成では、見た目の整いだけでなく、情報の優先順位、コンポーネントの使い方、ブランドらしさ、ユーザーに与える認知的負荷などが評価の対象になる。コード実装支援では、動作することだけでなく、既存の設計方針、保守性、テスト方針、プロジェクト固有の規約が問題になる。

これらの場面では、普段は人間の経験、専門性、組織内の慣習、レビュー過程の中に埋め込まれていた判断基準や暗黙知が、AI に実行を任せることによって、プロンプト、README、skill、デザインシステム、サンプル、チェックリスト、レビューコメントなどの媒介物として外部化されることがある。逆に、これらが十分に外部化されていない場合、AI の出力に違和感が生じたり、修正の方向が定まらなかったり、何を評価すべきかが曖昧になったりする。

本研究の問題意識は、こうした現象を単なる「AI の失敗」や「プロンプトの書き方の問題」として扱わず、AI が入り込んだ実践の中で、人間の判断、評価、暗黙知、媒介物、ワークフローがどのように再配置されるのかという観点から捉えることにある。


3. 研究の目的

本研究の目的は、生成 AI や AI エージェントが制作・開発・研究・設計の実践に入り込む場面を対象に、人間の目的、制約、評価基準、暗黙知、人間の介入点がどのように外部化・媒介・再配置されるのかを整理し、変化の速い AI 介在型実践を研究として扱うための観察枠組みを探ることである。

この研究は、特定の AI ツールの性能比較や、汎用的なプロンプト技法の提案を主目的とするものではない。また、AI 以前の実践と AI 利用後の実践を対称的に比較し、変化量を測定することを主軸に置くものでもない。むしろ、AI を使う実践の中で繰り返し現れる判断・評価・修復・外部化の出来事を記録し、そこから、特定ツールの短期的な変化を超えて残りやすい実践構造を仮説的に整理することを目指す。

ただし、ここで整理される観察軸は、未来の AI 実践にもそのまま適用できる完成された枠組みとして提示するものではない。現時点では、現在の AI 介在実践を通じて見えている要素を手がかりに、変化の速い対象を研究可能な形で捉えるための暫定的な足場をつくることを目指している。


4. 研究対象と範囲

現時点では、研究対象を AI 全般やデザイン実践全般に広げるのではなく、AI が実行や生成の一部を担い、その出力を人間が評価・修正・採用判断する必要がある実践に絞る方針である。具体的な題材としては、文章・研究整理、資料・スライド生成、UI・デザイン生成、コード・実装支援などが候補となっている。

題材は、ChatGPT、Claude、Cursor、Figma Make などの個別サービス名を軸に選ぶのではなく、どのような目的の実践で AI が用いられているかという実践タイプを軸に扱う方針である。これは、特定ツールの仕様が変わったとしても、AI に何かを任せ、出力を確認し、必要に応じて修正するという実践の構造を観察しやすくするためである。

対象者については、「AI に生成や実行を任せ、その出力を評価・修正・採用判断する必要がある実践者」として捉える方針である。ただし、現時点では職能差そのものを主題にする予定ではない。むしろ、実践者の立場、専門性、対象タスクとの関係、評価基準の有無、AI 利用経験、組織的文脈を、各インシデントの解釈条件として記録する必要があると考えている。

AI を使わない実践については、主たる比較群として設計するよりも、AI 介在実践で表に出た判断や暗黙知が、以前はどこに埋め込まれていたのかを理解するための補助的な参照点として扱う方が妥当ではないかと考えている。この点は、今後の調査設計の中でどの程度扱うかを検討する必要がある。


5. 中心概念

本研究で現在重要になっている概念は、媒介物、ワークフロー、外部化、判断・評価、修復、クリティカル・インシデントである。

媒介物とは、AI に目的や制約、判断基準、参照すべき知識を渡すために用いられるものを指す。プロンプト、UI 上の入力欄や選択肢、README、skill、デザインシステム、サンプル、チェックリスト、レビューコメントなどがこれに含まれる。媒介物は、単なる補助資料ではなく、人間や組織の暗黙知や判断基準が AI に扱える形へ外部化される場所として位置づけられる可能性がある。

ワークフローとは、AI に依頼する、出力を受け取る、確認する、評価する、修正する、再生成する、採用または不採用を判断する、媒介物を更新する、といった一連の流れを指す。ワークフローを見ることで、人間の判断がどの段階で現れ、AI にどの範囲が委ねられ、どこで修復が必要になるのかを記述しやすくなる。

外部化とは、これまで人間の頭の中、経験、組織内の慣習、レビュー過程に埋め込まれていた目的、制約、評価基準、暗黙知が、AI に渡せる形で表に出されることを指す。ただし、外部化はプロンプトに文章を書くことだけを意味しない。UI の選択肢、テンプレート、ルールファイル、デザインシステム、例示、チェックリスト、承認 UI なども、広い意味で外部化の媒体になりうる。

判断・評価とは、AI の出力に対して、人間が何を良いとみなし、何を違和感として捉え、どの案を採用し、どの部分を修正するかを決める過程である。本研究では、「人間の判断」を抽象的に語るのではなく、具体的な出来事の中で、どのような判断や評価基準が表に出たのかを見る。

修復とは、AI の出力や進行が期待とずれたときに、人間が追加情報、制約、例、ルール、媒介物を与え直したり、作業の方向を変えたりする過程である。修復の場面には、何が不足していたのか、どの基準が暗黙だったのか、どの媒介物を更新する必要があったのかが現れやすい。


6. 方法上の方針

本研究では、クリティカル・インシデント法を応用する方向で考えている。クリティカル・インシデント法は、特定の行動や出来事が結果に影響した場面を記録し、その文脈や行動を分析する質的研究手法である。本研究では、これを厳密なインタビュー法としてそのまま用いるというより、AI 介在型実践の中で判断・評価・違和感・修復が露出した出来事を収集・分析するための焦点化手段として位置づける。

AI を使った実践全体を均等に記録すると、観察範囲が広がりすぎる可能性がある。そこで、AI に何を任せるかを決めた場面、目的や制約を渡した場面、出力に違和感を持った場面、採用・修正・不採用を判断した場面、追加でプロンプトや資料やルールを渡した場面、媒介物を更新した場面などを、インシデントとして記録する方針である。

記録したインシデントについては、ワークフロー上の位置、使用された媒介物、外部化された目的・制約・評価基準・暗黙知、人間の介入点、実践者の文脈条件を分析することを想定している。これにより、単に「AI がうまくいった/失敗した」と評価するのではなく、その出来事の中で何が表に出てきたのか、何が不足していたのか、どの媒介物が機能したのかを整理できる可能性がある。

現時点では、最初から大規模な比較や一般化を目指すのではなく、少数の濃いインシデントを収集し、記録フォーマットと分析軸を検証する方針が現実的だと考えている。具体的な件数や対象者の範囲は未確定であるが、文章整理、スライド生成、UI・デザイン生成、コード支援など、複数の実践タイプから少数ずつ収集し、見えてきた観察軸に応じて追加していく探索的な進め方が候補になっている。


7. 期待される分析の方向

分析では、まず個別インシデントの前後関係を丁寧に記述する必要がある。AI に何を任せようとしたのか、どの情報を渡していたのか、どのような出力が返ってきたのか、それに対して人間が何を判断したのか、どのような修復を行ったのかを追うことで、出来事の構造を明らかにする。

そのうえで、複数のインシデントを比較し、繰り返し現れる観察軸を整理する。現時点で候補となっている軸は、目的の外部化、制約の外部化、評価基準の外部化、媒介物の役割、人間の介入点、修復の手がかり、文脈条件としての実践者属性などである。

また、分析時には、ツール、媒介物、実践、認知・判断、組織といった層を補助的に見分ける視点も有効かもしれない。ただし、これは研究の中心軸ではなく、インシデントを解釈するための補助線として扱う。研究の主軸は、あくまで AI 介在実践の中で判断・評価・修復・外部化がどのように現れるかを記録し、観察軸を整理することにある。


8. 研究の意義

本研究の意義は、AI ツールの使い方や特定のプロンプト技法を提示することではなく、変化の速い AI 介在型実践を、どのような観点から観察し、研究対象として扱えるのかを整理する点にある。

生成 AI や AI エージェントは、今後もモデル性能、UI、アプリ形態、利用場面が変化していくと考えられる。そのため、ある時点のツール仕様や失敗事例を記述するだけでは、研究としての射程が短くなる可能性がある。本研究では、現在の AI 利用の中で露出している判断・評価・修復・外部化の出来事を手がかりに、特定ツールよりも深い層にある実践構造を仮説的に整理することを目指す。

この整理は、AI 介在型の制作・開発・研究・設計を、単なる効率化や自動化としてではなく、人間の判断、組織的知識、媒介物、ワークフローの再配置として捉えるための概念的な足場になりうる。ただし、現時点ではそれを完成された理論や設計原則として提示する段階ではない。まずは、実践の記録を通じて、どのような観察軸が有効で、どのような限界があるのかを確認する段階にある。


9. 現時点で未確定な点

第一に、研究対象とする実践タイプの範囲はまだ確定していない。文章整理、スライド生成、UI・デザイン生成、コード支援などの複数タイプを扱う方針が候補になっているが、修士研究としてどこまで広げるべきか、あるいは途中で絞るべきかは検討が必要である。

第二に、対象者の範囲も未確定である。現時点では、自分自身の AI 利用から試験的にインシデントを記録し、その後、必要に応じて近い実践者に協力してもらう可能性がある。ただし、どの程度まで他者への聞き取りを行うか、職能や文脈をどのように管理するかは、今後の設計課題である。

第三に、クリティカル・インシデント法をどの程度厳密に用いるかも検討が必要である。現時点では応用的な方法として用いる方針であるが、原典にどこまで寄せるべきか、インタビュー手法として設計するのか、実践ログや生成物の差分を組み合わせるのかは、今後整理する必要がある。

第四に、最終的な成果物の形もまだ確定していない。観察枠組み、インシデント分類、概念図、研究・実務で使える問いのリストなどが候補になりうるが、どの形が修士研究として妥当かは、実際にインシデントを記録しながら検討する必要がある。

第五に、既存研究との接続はこれからさらに整理する必要がある。ノーマンの7段階モデル、実行のガルフ/評価のガルフ、メンタルモデル、Human-AI Interaction、生成 AI UX、デザインシステム、Human-AI co-creation などが関係しうるが、どの概念を中心的に参照するかは未確定である。


10. 現時点での研究説明

現時点では、本研究は次のように説明できる。

本研究は、文章整理、スライド生成、UI・デザイン生成、コード実装支援など、生成 AI や AI エージェントが作業の実行や生成の一部を担う制作・開発・研究・設計の実践を対象とする。そこで、AI に何を任せるのか、どの目的や制約を渡すのか、何を良い出力とみなすのか、どこで人間が評価・修正・採用判断を行うのかといった判断が、どのような媒介物やワークフローを通じて外部化・再配置されるのかを観察する。

方法としては、AI 利用の全体を均等に記録するのではなく、判断・評価・違和感・修復が露出した出来事をクリティカル・インシデントとして記録する。その出来事を、ワークフロー上の位置、媒介物、外部化された目的・制約・評価基準・暗黙知、人間の介入点、実践者の文脈条件から分析することで、変化の速い AI 介在型実践を研究として扱うための観察軸を探る。

この研究は、現在の AI ツールの問題や使い方をそのまま保存するものではない。また、未来の AI 実践にもそのまま通用する完成された理論を提示するものでもない。現時点では、現在の AI 利用の中で繰り返し露出している実践構造を手がかりに、変化の速い AI を研究可能な形で捉えるための暫定的な枠組みを構築しようとしている。