教授への相談用メモ(話す内容の原稿)

作成日: 2026-05-11

根拠: analysis/2026-05-11-design-perspective-reframing.mdslides/seminar_2026-05-11.html。発表原稿ではなく、考えを伝えて相談するためのものです。


はじめに

今日お話ししたいのは、研究の結論を発表するというより、いま頭の中でどう整理しているかと、軸の置き方が妥当かどうかを相談させてほしい、ということです。

資料としてスライドも用意しましたが、あくまで話の補助であって、これをそのまま読み上げるつもりはありません。


もともと気になっていること(設計をしている人として)

自分はもともと、「変化の速い AI をどう研究対象にするか」だけが出発点だったわけではありません。

気になっているのは、AI がアプリやサービスのなかに入ってきたり、アプリの外側で仕事をしたり、エージェント経由で複数のサービスにつながったりするようになることで、UI や体験を設計するときに考えることが、これまでの「画面をどう見せるか・どう操作させるか」だけでは足りなくなってきているのではないか、という感覚です。

たとえば、ユーザーがアプリを開いて一覧やフォームを触ってゴールに近づく、という前提だけでは説明しきれない経路が増えているように見えます。AI に自然な言葉で頼んで、裏側でデータを取ってきたり書き込んだりしてもらう、といった形です。会計や経費のサービスが MCP に対応する、といった話も、その一例として頭にはあります。

また、AI で簡単な管理画面や業務ツールを自作しやすくなっているので、「いつも使っている SaaS を開く」のではなく「その場でツールを組み立てる」側に寄っていく可能性も感じます。「SaaS の死」という言い方そのものを研究したいわけではありませんが、アプリやサービスのあり方の前提が変わりつつあるのではないか、という背景として押さえています。

ここまでが、設計者目線でいま肌感覚として持っている変化のイメージです。


すると、設計で考える対象も広がりそうに見える

もし上のような経路が増えていくなら、UI/UX を考えるときに出てくる論点も増えそうだと思っています。

たとえば、

  • ユーザーは AI に何をどう伝えればよいのか
  • どこまで任せて、どこまで権限を渡すのか
  • AI が何をしたのか、どのデータを見たのか、どういう手順だったのかを、どこでどう見せる・確認させるのか
  • 出てきた結果を、何を根拠に「よし」とするのか、不安になったときにどう検証するのか
  • 既存アプリの画面と、AI 経由の動きを、どう両立させるのか

といったことが、「画面の見やすさ・押しやすさ」だけでは足りない設計課題として浮いてくるのではないか、という問いです。

ここはまだ結論ではなく、「そうなっている可能性があるので、研究としてどう見るかを考えたい」という段階の話です。「従来の UI/UX では足りない」とまでは言い切っていません。


では研究として何を見たいのか

AI の性能ランキングや、特定ツールの最新機能がどうか、が主目的ではありません。

見たいのは、AI がそのへんに入ってきたあと、人間がデジタル上で目的を達成しようとするときに、どんなふうに考え、迷い、確認し、納得し、責任を感じているかといった、人間側のプロセスです。

「AI を使ったかどうか」そのものより、AI を介したり介さなかったりしながら目的に向かうときの、思考や判断の流れを押さえたい、というイメージです。体験設計は、画面を整えることだけではなく、人が目的にたどり着くまでの理解や判断も支えるものだと思っているので、そことつながる話です。


そのときにぶつかっている難しさ

一方で、AI そのものの変化が速いので、研究としてつかみどころが作りにくいと感じています。

モデルも UI もツールも連携の仕方も、短期間で変わります。だから特定の機能や画面だけを追うこと自体がダメだ、というより、具体例は具体的に見ないと何も見えないのですが、そのまま事例を積み上げていくと「じゃあ研究として何を軸に読めばいいのか」が残りにくいのではないか、という困りごとがあります。

避けたいのは具体例ではなく、変わっていく具体例を、どの視点で読み解けばいいのかという判断軸がない状態です。


だから「人間と AI のあいだに、あまりすぐには塗り替わらない構造があるのでは」という考え方

そこでいま考えているのは、ツールや UI の表面の変化だけではなく、AI を介して目的を達成しようとするときに、何度も顔を出しそうな問いや構造を探したい、ということです。

「不変的」という言い方をしていますが、未来永劫変わらない真理という意味ではありません。モデルや画面が変わっても、AI に何を任せるか、どこで確認したいか、どう信頼するか、どう納得するか、責任をどこに感じるか、といったレイヤーの話は、形を変えながら残りやすいのではないか、という見立てです。

これは研究で使うための「足場」や「読み解きの軸」を探したい、というニュアンスに近いです。


表面上の変化と、その奥

表面的には、画面を触る時間が減る、文章で頼む、AI が裏で処理する、結果を確認する、といった変化として見えます。でもそれだけを追うと、どうしてもツールのアップデートに研究ごと引っ張られそうだと思っています。

イメージとしては、

  • 変わりやすいところ(UI、ツール、モデル、連携の仕方など)
  • 実際に観察できる行為(指示する、任せる、確認する、修正する、採用する、など)
  • それらの奥で、判断軸としてつかみたい構造(目的の立て方、信頼、納得、責任、メンタルモデルなど)

という重なりで見たい、という整理です。


方法としてクリティカル・インシデント法を考えている理由

方法はまだ固定したくないのですが、いま強く検討しているのがクリティカル・インシデント法です。

やりたいことは、一般的な感想(「便利だった」「不安だった」だけ)ではなく、アウトプットを生み出す過程のなかで、判断や迷い、修正、評価、納得、責任などがはっきりした出来事を集めることです。

そのうえで、人間が AI を使って何かを生み出す場面と、人間だけで同じようなアウトプットを生み出す場面の、両方で、頻出しそうな「重大だった場面」を集めて見比べたいと考えています。両方に共通して現れる上位の概念があれば、それを「AI と人間のあいだにある、あまりすぐには塗り替わらないもの」の候補として検討する、という見立てです。

ここで大事にしているのは、AI ありとなしのどちらが優れているかを比べたいわけではない、ということです。また、共通項が見えたからといって、すぐに「不変だ」と証明したつもりにはならず、候補として慎重に扱いつつ、AI があることで表れ方が変わる部分もあわせて見たいです。


記録と分析のイメージ(まだ粗いです)

記録では、どんな作業の文脈だったか、何を達成しようとしていたか、AI に頼んだ内容か自分でどう進めたか、どこで迷いや違和感や確認や納得が出たか、あとどう行動したか、といった項目をそろえて書き留めたいと考えています。

分析では、AI あり同士、人間のみ同士を見たうえで、横断して比較するイメージです。目的の立て方、評価の基準、修正の判断、納得、責任などが共通して語られるかを見る一方で、AI がある場合にはそれがプロンプトや確認やレビューや権限の設定など、どんな形で表に出ているかも見たいです。


いまの段階での研究の説明文(すごく粗いです)

整理すると、だいたいこんな研究として説明しようとしています。

AI 機能や AI ツール、エージェントや MCP のような動きが広がることで、アプリやサービスを通じたデジタル上の目的達成や、UI/UX 設計の前提が変わりつつある可能性に着目する。一方で AI 自体の変化が速いので、その変化を研究としてどう扱えばよいかの判断軸が見えにくい。そこで、AI を使う場合と使わない場合のアウトプット生成の場面におけるクリティカル・インシデントを比較し、人間が目的達成のなかで繰り返し行っている目的の立て方、評価、修正、納得、責任といった構造を探索する、というイメージです。


まだ決めきれていないこと

観察の窓をどこに置くかは、まだ仮決めにもなっていません。

候補としては、資料やスライドづくり、文章や研究の整理、UI 案やデザイン案、コードや小さな業務ツールの作成など、自分が経験としても話を聞きやすそうな場面が頭にあります。選ぶときは、AI ありとなしの両方で「あのとき決定的だった」という場面を思い出してもらえるか、共通する話題と AI によって変わる表れ方の両方が見えそうか、といった基準で絞りたいと思っています。

先行研究としては、Park らの生成 AI の評価の話や、Shi らの Human と生成 AI の相互作用の taxonomy などを、土台として読みつつ、自分の観察とどうつなぐかを整理しているところです。


先生にお聞きしたいこと

率直に、次のような点でご意見やご助言をいただけるとありがたいです。

研究の出発点を、設計者目線の問題意識と、変化の速い AI をどう研究対象にするかの両方を並べておいたときに、まだごちゃごちゃしていて伝わりにくい部分があるかどうか。

「AI ありとなしのインシデントを比べて共通項を候補とする」という筋が、この研究目的に対して無理がないか、あるとしたらどこを補強すべきか。

観察窓を絞るときに、修士研究として無理のない切り方があるか。

それから、いまの段階で「ここはもう少し先行研究とこうつなげておいた方がよい」「この言い方は誤解を招く」といったことがあれば、教えていただきたいです。


おわりに

いまはまだ構想の途中で、やり方も対象も全部確定しているわけではありません。それでも、なぜこのテーマに寄せているかと、いまつかんでいる論理の流れは、できるだけ正直に共有したかったので、長めに書きました。口頭では、この原稿より短く話すつもりですが、細かいところは質問があれば掘り下げます。